19世紀の名工

  最近注目を浴びてきている19世紀ギターですが、その製作家自身についてはあまり知られていません。中には別人と混同されている製作家もいる程です。
 今回、西垣正信先生より貴重な資料を提供戴き、製作家にスポットを当てた特集を組むことが出来ました。第一段はパノルモについて、その家族とともに紹介します。
  あらためて、貴重な資料を提供戴きました西垣先生にお礼申し上げます。

●パノルモ・ファミリー
 クラシックギターでパノルモといえば、ルイ・パノルモの名前が一番に思い浮かびますが、彼の家族もギターを製作していました。ここでは、ルイを中心に父や兄弟についても紹介します。

ルイ・パノルモ Louis Panormo 1784年〜1862年
 後述するヴィンチェンツォの四男として1784年パリに生まれました。 クラシックギターで”パノルモ”といえば彼を指し、19世紀ギター三大名工の一人と言われます。現在では、”ルイス・パノルモ”と呼ばれることが一般的ですが、Louisはロンドンでもフランス風の発音”ルイ”を名乗っていたそうです。本項では、これに倣いLouisの呼び方は”ルイ”と表します。

 ルイは、フランス革命が勃発すると、戦禍を逃れて家族とロンドンに移住し、1819年、26,High Street,Bloomsbury,に工房を開きます。1830年からは同No.46に移りました。当時からギター製作家として成功を納めています。サラという女性と結婚し14人の子供に恵まれますが、70歳頃ニュージーランドに移民し、1862年8月11日、78歳でその生涯を閉じました。

 彼のギターには、「スペイン様式ギターの唯一のメーカー」と記されたラベルが貼ってあることが有名ですが、最初のラベル(1820年代)にこのコピーはありません。ラベルは3種類あり、年号が記されていますのでギターの製作された年が明確です。

 材質は表板は松。1820年代は、横板・裏板に楓材が多く用いられましたが、ラコートなどのフランスのギターにはツキ板(合板)が使われていますが、ルイは単板を多く用いました。力木も斜めに太い力木が1本通っているというものです。1830年代では、横板・裏板にはハカランダを使い、しかも裏板は一枚板が多いようです。力木は有名な扇状になります。この力木の配置はスペインのパヘスのギターを参考にしたという説もありますが、バロックギターにも同様の力木は見られます。

 ボディとネックのジョイントはスペイン式。指板はローズウッドが多く、フレットは真鍮製のI型のもの。スカロップというフレット間の指板を凹状に彫ったものもあります。糸巻きはBAKER社のものが有名ですが時期によって3〜4種類のものが使われました。ブリッジはサドルと一体となっているため弦高を高く直すことが出来ませんが、弦の響きをより多くボディに伝えられる利点があります。彼のギターデザインはボディのラインを見ても、フランス・ミルクール地方のギターとは明らかに違い、イタリア・クレモナ的です。サウンドホールの周囲に描かれている同心円は16〜17世紀のイタリア・バロックギターの様式を受け継いでいます。

ヴィンチェンツォ・トルジアーノ・パノルモ Vincenzo Trusiano Panormo 1734年〜1814年
 ルイの父。イタリアはシシリア島パレルモ近くのモンレアレに生まれました。イタリア各地を旅し、1750年にはフランスに移っています。1772年にはイギリスへ渡りましたが、1789年にフランス革命が勃発するまではロンドンとパリを行き来しています。フランス革命を逃れてロンドンに移住した後、1814年に没しました。

 彼はクレモナで楽器製作を学んでいます。後に、パリで工房を開き数多くのヴァイオリンを製作し高い評価を得ました。数は少ないですがギターも製作しており、彼のギターはストラディヴァリの伝統を引き継いだ最後の世代のバロックギターといえます。

フランシス・パノルモ Francis Panormo 1763年〜?
 長男。ローマ生まれ。フルート奏者としてパリで演奏活動をし、ロンドンへ移ってからはピアノや音楽の教師として成功しました。(おそらく楽器製作はしていないでしょう。;びわりん)

ジュゼッペ・(ジョゼフ)・パノルモ Giuseppe(Joseph) Panormo 1768年〜1834年
 次男。ナポリ生まれ。ロンドンではイギリス名の”ジョゼフ”を名乗ります。友人の作曲家:フェルナンド・ソルから助言を受けて優れたギターを製作しました。ヘッドの形や装飾、ボディのシルエット等、ルイのギターと似ているのでよく混同されています。しかし、ボディの深さなど細部にジョゼフの特色があり識別できるそうです。

ジョージ・(ルイス)・パノルモ George (Louis) Panormo 1772年(or1774年)〜1845年
 三男。ロンドン生まれ。ギターも多く製作しましたが、クレモナ・タイプのヴァイオリンも製作しています。自分の工房は持たず弟のルイの工房で楽器を製作しました。彼の名前が記されたラベルは少ないですが、そのラベルには「G.L.PANORMO」とサインされ、彼自身「ジョージ・ルイス・パノルモ」を名乗ったそうです。そのために、ジョージのギターがルイのものと誤解されたり、ジョージが亡くなった日もルイが亡くなった日と間違われていることがあります。

ジョージ・ルイス・パノルモ George Lewis Panormo
チャールズ・パノルモ Charles Panormo
 以上の二人は、ジョージの息子で、ルイ・パノルモの工房で働きました。George Lewis Panormoはルイがニュージーランドへ移った後、彼の工房を受け継ぎました。

エドワード・パノルモ Edward Panormo
 ジョゼフの息子。ルイの工房で働いた後、1839年にソーホーに工房を開きました。1860年、ブライトンに工房・楽器店を開くとともに、彼自身もオーケストラでヴィオラを弾きました。

 

こぼれ話
 ヴァイオリンの世界では、パノルモといえば父ヴィンチェンツォを指し、彼のストラディヴァリ・タイプのヴァイオリンは今日でも高い評価を得ています。ジョゼフやジョージもヴァイオリンや弓を製作していますが父ほどの評価はありません。私(びわりん)がヴァイオリン専門店で製作家名鑑を調べてもらうと、本項の主役であるルイ・パノルモの名前もありました。しかし、ギターと同様にジョージらと間違っている可能性もありますね。


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